動物たちが冬を越すための準備を始める秋。この季節は絶好の狩猟シーズンとなっており、ジビエが注目される季節です。普段食べている食肉とはまた違った味わいのジビエは年々人気を増していますが、食べ方次第では危険に陥る可能性も……!このコラムでは、管理栄養士の観点から注意すべき寄生虫について解説していきます。
目次
ジビエの意味とは
ジビエとはフランス語の≪gibier≫に由来する言葉で、狩猟によって捕獲された野生動物の食肉を指します。私たちが普段食べているのは人間の手によって飼育された家畜の畜産肉ですが、ジビエは狩猟肉なので畜産肉よりも慎重に調理しなければいけません。
昔は日本でもシカやイノシシ、ウサギなどを食べる肉食文化がありましたが、不殺を掲げる仏教の普及と共に肉食離れが起きました。明治になり、再度肉食文化が興りましたが、食べる肉の種類が変わったことでジビエは廃れていきました。
しかし、近年になってフレンチレストランの普及に伴いジビエ料理が輸入され始め、この頃は国内でもジビエを推奨する動きが盛んになっています。特に注目を集めているのが農村地域です。野生鳥獣による被害を抑えるために狩った動物の肉を有効活用しようと、地域の特産品としてプロモーションする例が増えてきています。
そのおかげでメディアでも取り上げられる機会が増え、一般にもジビエが浸透しつつあります。ただし、ジビエ肉を食べるには寄生虫への注意が必須。畜産肉以上に衛生管理を徹底しないと食中毒を発症する恐れがあり、調理をする側だけでなく食べる側であっても一定の知識を持っておくことが大切です。
ジビエに潜む寄生虫
その動物の生育環境や食べたもの、狩猟の方法、下処理の仕方など、ジビエには事細やかなガイドラインがあります。ジビエの安全性を高めるために設けられているものですが、狩猟者・加工業者・調理師だけでなく私たち一般の消費者も、ジビエが持つリスクを把握しておくことが大切です。
ジビエにはどのような脅威が潜んでいるのか詳しく見てみましょう。
旋毛虫(せんもうちゅう)
旋毛虫は食品衛生上、特に重視しなければいけない寄生虫の一種。トリヒナとも呼ばれ、発疹や眼瞼浮腫を引き起こすほか、時に呼吸困難や脳炎、心筋炎などの重篤な症状をもたらす寄生虫です。
旋毛虫は幼虫の時に野生動物の筋肉に寄生します。寄生された動物の筋肉を食べた場合、寄生虫は小腸の中で成虫になり、幼虫を産出。幼虫はリンパや血液の流れによって全身の筋肉に運ばれ、行き着いた先で寄生を続けるというのが一連の生態です。
日本ではクマ肉からの感染事例が多数発生しており、発疹や発熱などの症状が報告されています。とはいえ、感染源はクマ肉に限定されているわけではありません。イノシシ肉、シカ肉、豚肉、スッポンなど、国内外ではさまざまな感染事例が相次いでいるため、旋毛虫についてはジビエ肉全般に注意を払う必要があります。
また、旋毛虫は低温耐性が高いので冷凍保存をすれば安全というわけではなく、食べる前に中まで十分に火を通すことが重要です。
肺吸虫(はいきゅうちゅう)
肺吸虫はその名の通り肺に寄生し、咳や血痰などの症状を起こす寄生虫です。肺結核や肺がんと類似した症状なので、見極めが重要になります。
肺吸虫も旋毛虫と同じく野生動物の体内では幼虫のまま筋肉に留まっており、その肉を食べた人間の体内で成長になり、肺に寄生するという生態です。日本では淡水のカニ(サワガニ・モクズガニ)を経由した感染が確認されており、カニを食べるイノシシ肉から人間に感染する例が多数報告されています。また、数はイノシシ肉より少ないもののシカ肉にも幼虫の存在が確認されているので注意が必要です。
サルコシスティス
サルコシスティスは2012年に食中毒の病原として新しく追加された寄生虫です。軽度の下痢や嘔吐を引き起こす寄生虫で、加熱が不十分なシカ肉や馬肉によって感染します。ただし、サルコシスティスは哺乳類、鳥類、爬虫類と多様な生き物に寄生するため、ジビエ肉全般で感染の可能性があると考えた方が良いでしょう。十分に加熱をすれば問題ないので、ジビエを生やローストで食べるのは避けてください。
トキソプラズマ
トキソプラズマは主として猫に寄生する性質がありますが、豚肉や羊肉、山羊の生乳などを介して感染した事例が報告されています。感染をしても無症状や軽度な頭痛、発熱で済むことが多いですが、場合によってはリンパ節炎や肺炎などを起こし、最悪の場合死に至ることもあるため軽視はできません。また、神経症状や眼疾患などが後遺症として残るリスクもあります。
なお、妊娠中に感染した場合は母親だけでなく胎児への胎盤感染が起こり、流産や死産、早産のリスクが高まるほか、発育不全や精神遅滞、視覚障害などが起こる可能性があるため、妊婦の方は一層の注意が必要です。
トキソプラズマには低温耐性があるものの熱耐性は低く、55℃で5分間加熱すれば感染力が消失します。肉に限らず乳に関してもきちんと加熱処理をすることが大切です。
有鉤条虫(ゆうこうじょうちゅう)
有鉤条虫の主な感染源は豚肉ですが、イノシシ肉、羊肉、シカ肉などから感染する事例もあります。有鉤条虫の成虫は腸に寄生するので、腹部の違和感や下痢、便秘など軽微な症状が主です。無症状のケースも多々あります。
しかし、幼虫は脳、筋肉、眼、心臓、肝臓などさまざまな部位に寄生するため要注意です。症状は寄生部位によって異なりますが、てんかんや視覚障害など重い症状を引き起こす可能性があります。このようなリスクを予防するためにも、中心部までよく加熱してから食べましょう。
ジビエ料理を安全に楽しむには
ジビエ料理が浸透するにつれて、国を挙げての対策が着実に施されるようになり、安全対策は年々進んでいます。2018年には、ジビエ肉の放血や解体処理などを行うための食肉施設を認定する「国産ジビエ認証制度」も始まりました。
今回はジビエに潜む寄生虫のリスクを中心にご紹介しましたが、しっかり加熱をすれば畜産肉と同じく安全に食べることができます。正しい知識を持って保存・調理をすること、適切な対応をしている飲食店を選ぶことを徹底すれば、寄生虫や食中毒の心配をすることはありません。
ジビエは一般に出回っている牛肉や豚肉、鶏肉と引けを取らない栄養価を誇りつつも低カロリーという、栄養学的にも魅力的な食材です。育ってきた環境によって味わいも異なるので、調理のしがいがあります。安全に気をつけながら美味しいジビエを楽しみましょう。